2019年8月27日更新 3391

タミヤ「モンスタービートル」は1986年に戻るデロリアンだった

タミヤの人気商品「モンスタービートル 」をついに手に入れました! 初代の発売はなんと33年前の1986年! 時代を超えて愛されるこのマシンの魅力を発売当時の記憶を辿りながら主観全開でお伝えしてまいります。

Atsushi Matsumoto

Atsushi Matsumoto

コンテンツプロデューサー

恋焦がれて33年、憧れのモンスタービートルを43才になってようやく手にする

タミヤビッグタイヤの中でも異彩を放った組み合わせが特徴の「モンスタービートル(2015年復刻版)」をついに手にしました。久しぶりに手にした「ダンシングライダー」でラジコン遊びのスイッチが入り、懐かしさと共に小学生脳がインストールされた僕が次に手にしたのがモンスタービートルでした。なんとなく「ラジコンをもう一度作りたい」という思いはありましたが、もしも組み立てるならばモンスタービートルしかないと決めてました。いやむしろ決まってました。今回の記事ではなぜここまでモンスタービートルに惹かれたのかということについて個人的な主観全開で掘り下げてみたいと思います!

いったん気持ちを落ち着かせるために完成した写真を見ていきましょう。どの角度から見ても惚れ惚れしてしまうデザインです。そして可愛らしいフォルムとは裏腹の金ピカホイールの圧倒的な存在感。サイズと共にあるズシりとした重量感、手にした時の満足感は言葉では言い表せません。全人類の方に一度は手にしてほしいと思います。一度手にしたら絶対に欲しくなると思います。

タミヤモンスタービートル

オフロード仕様の「バハバグ」と言われるタイプのボディもこのビッグタイヤに非常にマッチしてます!

タミヤモンスタービートル

ワーゲンビートル生産中止の悲しいお知らせ

そんな盛り上がってる気持ちとは裏腹に、奇しくも2019年の7月にワーゲンビートルの生産が終了するというニュースが流れてきました。映画「バンブルビー」でもワーゲンビートルが活躍していただけに非常に残念なニュースとなってしまいました。

キテる!モンスタービートル「第三次ブーム」

リアルな世界では生産中止となってしまったワーゲンビートルですが、ラジコンの世界でビートルはまだまだ元気に生き続けています。初代モンスタービートルが発売されたのが1986年、2015年には復刻版が登場しました。そして2019年、改めて第三次のブームを感じさせる新作2点の発表がありました。

1,特別企画モンスタービートルブラックエディション

基本スペックは同じで、ボディのカラーとステッカーが新たなカラーリングになっているようです。

2,モンスタービートル トレイル

サイズ的には1/14なので少しサイズがコンパクトになっていると思われます。ボディのライトの形状がモンスタービートルとは異なるようですが、こちらのデザインもビートルっぽいフォルムで非常に魅力的です。

上記2機種ともめちゃめちゃカッコいいです。そして通常であれば古い商品を買った後にこんな魅力的な新製品が出たら、「なんでこのタイミングで出るんだよ、、」とがっかりくるはずですが、もしこの商品がすでに発売されていたとしてもおそらく今と同じ復刻版の赤いモンスタービートルを迷わず買っていたに違いありません。

なぜここまで取り憑かれたようにモンスタービートルに惹かれたのか、僕が子供時代だった1986年の時代を振り返りながら紐解いていきたいと思います。もしかしたら若い方には伝わりにくい表現含まれているかもしれないですが、一人の昭和を生きたおじさんの独り言だと思って読んでいただければ幸いです。

ものすごいエネルギーに包まれていた「1986年」とはどんな時代だったのか

モンスタービートルが発売されたのは1986年、僕は10歳の小学生でした。もちろん小学生なので家のローンも仕事の心配もないお気楽な小学生ですが、いま振り返ると時代的に「ものすごいエネルギーに包まれていた時代」だったように感じます。ここからは1986年当時のカルチャーを振り返ってみたいと思います。

アメリカのカルチャーは全部映画が教えてくれた

モンスタービートル発売前の1985年の年末に映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」が公開されました。当時小学生だった自分にとってもこの映画は非常にカルチャーショックで高校生になったらスケボーで通学するのが夢でした。(実際はママチャリでしたが)あと最初のタイムスリップする時のデロリアンを動かしていたのがラジコンのプロポだったのも、もしかするとラジコンに興味を持ったきっかけだったのかもしれません。

また同時期には日本中の全小学生が冒険に出たくなった名作「グーニーズ」も公開されています。シンディローパーのテーマソング「The Goonies ‘r’ Good Enough」はイントロのメロディを聞いただけで自転車で出かけたくなります。オフィシャルMVは曲が始まるまでに2分以上かかるというのもなかなかインパクトがありました笑

(グーニーズの曲が聞きたい方は2分16秒あたりから再生してください)

「バック・トゥ・ザ・フューチャー」と「グーニーズ」当時の子供にとってこの2つの映画が「アメリカの生活」という憧れを定着させたと言っても過言ではないでしょう。さらに続く1986年には「トップガン」が上映され当時の小学生的には「アメリカすげー」感はさらに強くなっていきました。テーマソングでもあるケニーロギンスの「Danger Zone」は今聞いても心踊ります。

そしてこちらもモンスタービートル 同様に33年の時を経てトップガンの新たなリメイクが公開されるのも何かのつながりを感じずにはいられません。

そして個人的にかなり影響されたのがシュワちゃんこと「アーノルド・シュワルツェネッガー」の「コマンドー」でした。

当時予告編の英語の「コメンドォー」の発音を真似すると友達全員が爆笑するという謎のブームがありました笑 ここからシュワちゃんがすごい勢いでどんどん映画に出ていき、まだまだひょろひょろで小さい小学生の僕は強いシュワちゃんに憧れを持つようになっていったのでした。そんな流れからおそらく「アメリカっぽいもの」そして「強い者」に対する潜在的な憧れがモンスタービートルに惹かれた理由の一つとして起因しているかと思います。(ちなみに当時ワーゲンがドイツの車だってことを知らずに完全にアメリカの車だと思い込んでいたことご了承ください)

余談ですが、金曜ロードショーで放映されるとツイッターで「バルス祭り」が発動される「天空の城ラピュタ」もなんと1986年に公開されています。モンスタービートルなみに愛されている映画です。ちなみに1986年の日本での映画興行収入ランキングの一位はこれだけの強力なコンテンツが揃っていながらなんと「子猫物語」でした。チャトラン(子猫物語の主人公)最強。今も昔も「可愛いコンテンツ」に敵うものはないのでしょう。

今もなお生き続ける1986年に生まれたヒット商品

レンズ付きフィルムとして爆発的にヒットした「写ルンです」も1986年に誕生したヒット商品です。デジタルカメラの台頭と共に使用する人は減りましたが、現在では逆にそのアナログさが評価されて新たにブームになりつつあります。

また現在映画化されて色々と話題になっている「ドラゴンクエスト」が初代ファミコンで発売されたのも1986年でした。

モンスタービートルの新商品しかり、トップガンの新作しかり1986年に生産されたプロダクトといのは何か特別な力があるような気がしてなりません。新しいテクノロジーを追求するのはもちろん間違いではないですが、たまにこういう昔のものを掘り起こしていくともしかすると新たなヒットのきっかけをつかめるのかもしれません。

1986年は「アイドル」の概念が変わった転換期

日本のカルチャーでも変わりつつあったのが「アイドル」の概念でした。「男女雇用機会均等法」が施行されたのがアイドルカルチャーにも影響を及ぼしていったとも言えるでしょう。
1986年2月3日にリリースになった「DESIRE」での中森明菜さんのファッションは当時小学生の僕にもインパクトはありました。先進的すぎる和服をパッチワークでつないだような衣装にパッツん前髪という出で立ちで当時の歌番組に出ている様子を見て、子供ながらに「こういうのもアリなんだ」と自分を納得させようとしていた記憶があります。もちろんこの時には「男女雇用機会均等法」についての知識などほとんどないけれども、肌感覚で時代の流れを感じていたのかもしれません。

またDESIREリリースのあと(なんと3日後)にリリースされた「1986年のマリリン」で有名になった本田美奈子さんはまさに転換期の象徴のようでした。ちょっとワルのにおいを感じさせるロックでヘソ出しな登場は非常にインパクトがありました。さらにこちらの作詞はなんと「秋元康」さんというのも驚き。33年前からすでに時代を読んでそれをアイドルというカルチャーから時代の空気を作り出す才能はすでにお持ちだったことに驚きです。

このように今までのアイドルのような「妄想上の理想」の枠組みから外れた「主張する強い女性」という存在ともモンスタービートルはリンクしていたような気がします。

密かに終わりを告げたモンスタービートルとの「ほろ苦い初恋」

そんな時代のさなかに登場してきたのが「モンスタービートル」でした。実を言うと発売した当初は今のようにストレートにカッコいいと思っていませんでした。というのも「ワーゲンビートル」と言えば当時は「可愛い」の象徴のような存在でした。

ワーゲンビートル

今の若い方は知らないかもしれませんが、当時はまだ上記のようなワーゲンビートルがよく街を走っていまして、「青いワーゲンを見つけたら幸せになれる」などという都市伝説もあったくらいです。当時で言うと古い考えの「妄想上の可愛い」を当てはめる「アイドル」に近い存在に近かったのかもしれません。そんな中登場したモンスタービートルはあまりにもそのフォルムと真逆のいかつさを伴ったタイヤとのギャップで子供ながらに好きになるのに時間を要した記憶があります。

心の中では惹かれていたのは間違いないのですが、理性では「こんな可愛い車がイカついタイヤを履いてけしからん!!」という謎の葛藤があったのかもしれません。(10才の分際で)例えて言うならば小学校の時に好きだった女の子が中学校に上がってからヤンキー(当時で言うならスケバン)になってしまったもどかしさと似ているかもしれません。また当時は直線的なデザインのバギーが主流だったために分かりやすい「ゴツさ」というのが(思い込みではありましたが)カッコいいの代名詞だったから仲間内でこれをカッコいいと認めるのはちょっと勇気が必要だったのかもしれません。

そんな葛藤を抱きながらも当時のタミヤRCカーグランプリを録画したビデオで何度もモンスタービートルのCMを見直したり、当時インターネットがなかったもので手に入れたチラシを何度も見ていて気づきました。それは完全に恋でした。

ぼく、モンスタービートル が好きだ

モンスタービートルに出会ってから1年経ってようやく自分の気持ちに気づきましたが、時すでに遅し。当時の仲間内ではバギーがブームでお年玉で買った「ホットショット2」がすでに手元にありました。当時でも高額のオモチャだったために2台目を買うことはできずに僕の秘めたる恋は33年もの間封印することになったのでした。

モンスタービートルは僕にとっての「タイムマシン」だったのかもしれない

記事を一通り書き終えてから組み上げたモンスタービートルを眺めると改めて感慨深いものがあります。

タミヤモンスタービートル2015復刻版

僕自身がなぜここまでモンスタービートル に惹かれたのかというのを掘り起こすために記事を書き始めたのですが、おそらくここまでモンスタービートルに固執した理由というのは「ワクワクしていた時代にもう一度触れたかった」からなのかもしれません。プロダクトしての「モンスタービートル 」に魅力があるというのはもちろんのこと、当時欲しかったにも関わらず手に出来なかった思い出も含め、モンスタービートルに触れることによって1986年当時の「あの頃の気持ち」を思い出させてくれるモンスタービートルこそ「タイムマシン」であり、当時の文脈で言うとバック・トゥ・ザ・フューチャーの「デロリアン」だったのかもしれません。

個人的にはこの記事を通じてモンスタービートルの魅力が一人でも多くの人に伝わって、ラジコンの世界から再び「ワーゲンビートル」のブームが起こって、リアルの世界でワーゲンビートルの再生産につながったらとても素敵なことだなと思いながら記事を書きました。子供の頃によく行ってた定食屋さんが無くなってしまったとか、結婚記念日に行ったレストランがつぶれてしまったとかそういう思い出の場所などが無くなってしまうのってやはり寂しいことです。ラジコンの世界だけでなく、リアルな世界でもそういう思い出がどこかで残るためのきっかけとしてこの記事が少しでも役に立てば幸いです。

今回は非常にパーソナルな「モンスタービートル 」というプロダクトを通じて過去を遡ってみましたが、この「タイムマシン」というのは人や年代によってそれぞれ異なってくると思います。ある人はそれがポケモンだったり、ミニ四駆だったり、ハイパーヨーヨーだったりするのかもしれません。

たまには過去の記憶をたどり好きだったものに思いをめぐらし、もし手に入るのだったら購入することで思いもよらなかった発見や喜び、そして青春のほろ苦い記憶に包まれることで新たな発見があるかもしれません。

自分にとってのタイムマシーン「デロリアン」を探してみてはいかがでしょうか。